WORK SONG

2019年11月19日

「ノヴァ」
「なぁに」
「視線やらずに、後ろのほう確認できるか」
「見ちゃダメってこと?」
「そう」
 ノヴァは少し眉根を寄せた後、ポケットから手鏡を取り出した。
 髪を整えるそぶりをしながら、後ろを確認する。
「二人。男の人?」
「たぶんそいつらが客だ」
 違法吸血の仲介業者がいるという。
 若いブラッドワーカーの女を集めて、望まぬ吸血に応じさせる。
「どうしてそう思ったの?」
「二人とも、唇に同じラメが残ってる。店の女が肌をきれいに見せるために使用させられるものと同じだ」
「あ、鑑識が言ってたラメ?」
「そう。あの二人がゲイで熱烈なキスでもしてない限り、十中八九店帰りだ」
「どうするの? 捕まえる?」
「いや。あの二人には近づかなくていい。おかげで店の位置が割れたから、入り込む」
「どうやって?」
 バディルはノヴァを見遣って、軽く頬を撫でた。
「少し不本意だが、俺のウソに付き合ってくれるか?」
 ノヴァは少し首をかしげて「うん、いいよぉ」と笑って見せた。


 数十分後、ノヴァとバディルは、違法吸血店の客間に座っていた。
「これはどうも」
 店を取り仕切っている男が、二人の前に座る。
「そちらのお嬢さんを、ご紹介とのことで」
「美人だろ?」
「ええ、かなり。うちの店でもいい仕事をしてくださるでしょう。前はどちらで働いてらっしゃったんです?」
「西通りのヴェルグだ」
「あぁ、あれはいい店でしたね。先日のガサ入れで、すっかりダメになってしまいましたが。前に使っていた源氏名は?」
「ユル」
「調べさせますので、少々お待ちくださいね」
 店の男は、ゆったりとした仕草で立ち上がった。
 ノヴァは交渉を進めるバディルを見ているが、仕事中であることをわきまえているため、質問することはしない。
 代わりに、ノヴァは出された紅茶を飲んで、ほっこりと息をこぼした。
「いけそうか?」
 バディルに問いかけられ、ノヴァはこくりと頷いた。
 リラックスしているように見えて、その実、いつでも戦えるように意識は張りつめている。
「でもまだ、言質が取れてないよね」
「もう少し、待ってからだな」
 やがて男が二人の前に戻ってきた。
「確認が取れました。ユルさんですね。成績も悪くなかったようです。うちでも歓迎しますよ」
「ありがとうございます。一度の吸血につき、いくらいただけますかね」
「料金については、こちらの契約書をご参照ください。でもユルさんはお美しいですから、すぐに客がついて、血も良く売れるでしょう」
 ノヴァはすっとバディルに視線を投げた。
「もういい?」
「あぁ、十分だ」
 二人はガタリと立ち上がった。
「ゴードン・オックス。血液売買法違反の容疑で、現行犯逮捕する」
「は?」
 あっけにとられた男に追い打ちをかけるように、ノヴァも口を開く。
「貴方には黙秘権があります。ただし、無言を貫いた場合、裁判で不利になる場合もあります。これまでのやりとりは録音されており、裁判の証拠とされることがあります」
「これは……悪い冗談ですね」
「冗談言うように見えるか?」
 肩をすくめるバディルに向けて、男は銃を取り出した。
「小僧と小娘たった二人で、この店を潰せるとでも?」
 ノヴァとバディルは、顔を見合わせる。
「できないかな?」
「俺は出来ると思うんだがな」
「じゃあ、できるね」
 嬉し気に笑うノヴァに、男の銃口が向けられる。
「まずはお前の生意気な彼氏を殺してからだ。そのあとお前は、蹂躙して、うちの商品にして、散々搾り取ってから殺してやるよ」
「そうなの?」
 ノヴァは男と銃口を不思議そうに見比べていた。そして、にこりと微笑んだ。
「......じゃあ、のばとあそぼ?」

 次の瞬間、銃口がぼとりと落ちた。
「なっ」
 細く鋭く伸びた血液が、見事に銃口を切り落としていた。
 その隙にバディルが銃を抜き、男の眉間に突き付ける。
「お前の負けだ。自分の店と娑婆に、別れを言うんだな。さもなきゃ今度は、正当防衛でお前の首と胴がおさらばするぞ」
 男は悔し気にバディルを睨んだまま、しぶしぶと、両手を挙げた。
「えー、もう終わりなの? つまんない」
 ノヴァは不服気にバディルを見たが、少し残念そうなそぶりのまま、「にぃさんまるご、犯人確保です」と報告した。



「お疲れ様」
「おつかれさまぁ」
 バディルの奢りでもぐもぐとパンケーキをほおばるノヴァは、先ほどよりずいぶん幼い表情をしていた。
「うまくいったね」
「お前のおかげだ」
「のば、何もしてないよ?」
「ちゃんと戦ったし、敵も油断させただろ。上等だ」
「うん? そう?」
「よくわかってないんだな、お前は」
 バディルはコーヒーマグに手を伸ばした。
「後は、裁判次第だ。検察がうまくやってくれればいいんだが」
「大丈夫だよ。正義は勝つから」
「誰の言葉だ?」
「前にバディルがそう言ってくれた」
「だったか」
 ノヴァはにっこりと笑って見せる。
「また、お仕事しようね」
「嫌でも次が来るさ」

 小休止を終えて立ち上がる二人の携帯に、任務の連絡が入った。

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