道具たちの話

2019年11月16日

「僕は君の刀なんですよ」
 そんな言葉が、隣のベッドから聞こえた。
 カーテンの向こうで、どんな顔をしているのかは見えない。
 それでも、自分を武器だと語る声は、どこか晴れやかだった。

(ごりっぱなもんだな......)

 天井を眺めて、深くため息をこぼす。
 見舞客と、隣の怪我人の会話が続いていく
 不意の鈍痛に、柳はうめき声を殺した。
 やがて、見舞客が出ていく。

 好奇心に駆られて、カーテンを少し開けた。
 浅い青の髪が見えた。変わった毛色だなと思いながら眺めているうち、向こうがこちらに気付いた。

「うるさくしました? すみません」
「あぁ、いや別に、大丈夫」
 まだ若い顔立ちだった。
「今のが、君の監察官?」
「そうですけど」
「いい人だね」
 彼は少し首を傾げた。
「いい人、というより、誰にでもああいう人ですよ」
 彼の言葉は冷めているようで、少し寂し気なトーンを帯びている。
「へぇ。八方美人さん?」
「八方美人っていうより、面倒見がいいんです」
「ふぅん......」
 柳にはその違いが判らない。だが、話し相手がバディをよほど信頼しているのは伝わってきた。
 続きを聞きたいと思うものの、深入りしてよいのかどうか悩ましい。

「......やっぱ、任務で怪我したの?」
 適当な問いを投げた。
「まぁそんな感じですよ。あなたもでしょう?」
 妥当な答えが返ってくる。
「そうだけど」
 青年の怪我はあまりひどくなさそうだった。
 たぶん、今日一日休めば回復するんだろう。
「さっき、自分のこと道具って」
 そう振ると、彼はこくりと頷いた。
「なまくらですけどね」
 薄く笑う表情は、穏やかに見えてどこか達観がある。
「......道具って、なろうと思ってなれるもん?」
「不思議なこと聞きますね」
「道具にはそもそも意思がないから、なろうと思ってなるものじゃない、とか?」
「ロジック好きですね、あなたは」
「詭弁家だよ」
「初対面なのに、ずいぶん質問してくる。俺について知りたいってより、ただの議論好きに見えますけど」
 一線を引くような言動だった。柳は軽く笑い、目を細める。
「そんなに警戒することねぇよ。取って食うわけでもない。議論は好きだけど、気を悪くしたなら謝るよ」
「いいえ」
 青年は少し手元に目線を落とした。
 わずかに、かつての自分を重ねてしまう。
(......いや、似てはないか)
 無事でいてほしいと声をかける上司の声は暖かだった。
 人を見る目は、自分よりよほどあるのかもしれない。
「君のバディ、君を道具にすることを喜ぶタイプじゃなさそうだったけどね」
 そういうと、青年は少しだけ眉根を寄せた。
 そして小さく呟いた。
「道具であることって、そんなに悪いですかね」
「......まぁ個人差じゃねぇの」
「そうでしょう。だけどあなたのように、遠回しに知った口をきく人もいるんですよ」
「やっぱ気に障ってんじゃん」
「怒ってなんかいません。ただ、気になったんです。道具になることを悪として見る、あなたの個人差が」
「はは。お前も議論好きなの?」
「はは」
 軽く笑い合った後、わずかな沈黙が訪れる。
「まぁ大したことでもないんだけど」
 と、口を開いた。

「......俺は、道具になり切れなかった側だからさ。あんまりその手の生き方で無茶しないでもいいんじゃねぇかなと思うだけだよ」
「老婆心です?」
「まぁ、そんなもんかな」
 深く語り合う必要はないようにも思えた。

 自分は彼ではないし、彼のバディは自分のかつての監察官ではない。
 ころりと布団に身体を預けなおして、そばにあった文庫本に手を伸ばした。
 彼もこちらから視線を外し、仰向けになる。
 やがて看護師が夕食を運んでくるころには、どちらともなくカーテンを閉めていた。

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