懺悔残響03
部屋に入ると、宗くすみがこちらを見ていた。
銀の目、銀の髪、赤い唇。
何一つ変わらぬまま、またどこか女らしくなったと思った。
性別について、彼は特段何も語らない。女だと周囲に思わせておいて、自分からは何も否定しない。一晩口説いてホテルに連れ込まなければ、多分自分も知らなかっただろう。
結果見解の相違で何も起きずに帰宅したが、宗くすみの歪みのようなものをまざまざと見たのは確かだ。
「久しぶりやんなぁ」
くすみは薄く目を細めた。
「まぁ座りよし。茶ァも何もあらひんけど」
「気遣いなんて出来たんだな」
「やぁね。ウチのことそないに思うてるん? いけず」
くすみは口元に手を添えてクスクス笑う。
基本的に人の話を聞かない男だ。自分の得意の口上は、ほとんど意味がない。
「ほんで、アンタ呼んだ理由やねんけど。話、聞かせてほしねん」
「何の話を、何のために」
「帯刀課の戦略を、変えるべき時期に来たと思うんよ」
くすみの目は笑っていなかった。
「戦略?」
「柳徹、アンタならわかるやろ。捜査官が優秀なら、監察官は現場に要らん」
束の間、返答に詰まった。
「......そうでもないだろ。戦場に味方がいることで、精神的に救われることは多い。後ろから戦況を見てるから、撤退への判断も安定してる」
「ハ。上部の話しとる自覚はあるな?」
「......嫌なやつだな」
柳はくすみを見返した。
戦場で支えてくれる人は、監察官でなくても構わないこと。
撤退への判断を下すのは、インカム越しの上官でも良いこと。
考えを見透かされている。
「討伐にしくじったとき、退路はどうする」
「道具なんて技術開発班がいくらでも作ったはるやろ。空の目眩しでも、捜査官が乗って逃げる道具でも、何でもあるやん」
「戦闘の、援護は?」
「戦略の話なら一概には言われへんけど、危なくなった時に打つ手は、結界でしのぐだけと違うてる。捜査官が、捜査官のフォローに入って攻撃する戦略も選べるはずや」
すぐには返事ができなかった。言い負かしてやりたいのに、反論が浮かばない。
彼のいうことは間違っていないだろう。だが、正しいかどうかも、分からない。
思案する柳のネクタイを、くすみがグイと引いた。
「柳。アンタ、なして呼ばれたと思う?」
「さあな」
「アンタが、監察官に頼らひんからや」
「......俺が?」
「刀も訓練刀、決まったバディも居てひん。どないな作戦でも立てるけど、成功の根拠は、全部アンタ自身のポテンシャル。アンタのあり方はな、捜査官が有能なら監察官は要らんて言うてるのと変わらへんのよ」
「......なるほどな」
柳はくすみの手を振りほどいた。
「遠くの関西から、そんなに熱心に俺を見つめてくれてたとはね。やっぱりあの夜、抱いてやれば良かったか?」
「アホ。ウチは真面目に話してんねん」
柳はネクタイを整えて笑って見せた。
「まぁお前のいうことは少し当たってるよ。俺は俺の判断しか信じてない。だから、俺が信じた監察官に判断を任せてる。何より、現状に満足してる」
気怠くて、息を吐く。
「俺はお前と違って、仕事なんてそんなに頑張りたくねぇんだよ。お前の理想は確かに悪くないのかもしれない。捜査官同士のバディが生まれることで、変わることもあるのかもしれない。だけど俺にはそんなことどうだっていいし、興味もない。もっと分かりやすく言おうか? お前みたいに御大層な構想が無くても、仕事はできるんだよ」
くすみの眉がぴくりと跳ね上がった。
「なんやて」
「怒るなって。ただのスタンスの違いだから、お前が頑張ってるのを馬鹿にする気はねぇよ。というより、まぁどうでもいいかな。関西からはるばる出てきてお前がメソメソ泣こうが、成果を上げて無い胸張ろうが、俺の月給には何も関係ない。だろ? だから、つまらねぇことに巻き込まねぇで欲しいってのが本音かね」
「......ほうか」
くすみは机の上で指を組んだ。
「捜査官同士のバディがどこまでやれるかエビデンス作りたかったんやけど、無理ならしゃあないな」
それから呆れたように、柳を見た。
「さんざ演説してくれはった後で悪いんやけど、手ェ貸してくれひんなら、アンタの好き嫌いやらどないでもええねん」
「それじゃ、俺はこれで。他を当たんな」
「まだ済んでへん」
くすみは淡々と話を続ける。
「3年前、アンタが22歳の時に発生した事故について聞かせて」
「 ......あ?」
柳の表情が、スッと失せた。
「分かってて聞いてんのか?」
「ほうよ」
「じゃあお前に話す話なんてない」
「それならそれで構へんよ。任意聴取やから。せやけどこっちもな、あの時の報告書見せてもろたわ」
くすみは軽く資料を指で弾いた。
「監察官の証言、アンタ見てへんやろ」
柳は黙って立ち上がった。
「......やめろ。掻き回すな」
「ほんなら座り」
くすみは興味なさそうに、椅子を顎でしゃくった。
「ほんで、アンタの話を、して」
柳は唇を歪めた。
宗くすみの様子は変わらない。
静かで、淡々と事務的に、自分の利益となる情報を求めている。
「......もう、あんまり覚えてねえけど」
柳は、重たい口を開いた。
話を終えた柳は、喫煙室で一人、煙草を吸った。
捜査官でも監察官でも、人が死ぬ職場には違いない。何かを斬り捨てる以上、こちらもまた、大切なものを傷付けられる覚悟は要る。
これは帯刀するものの業だ。
どう策を巡らせても、逃げられるものではない。
「......面倒だな、やっぱり」
紫煙は、しばらく宙を漂った。