懺悔残響02

2019年11月27日

 出勤した柳徹は、ウェブカレンダーを開き、眉根を寄せた。
  午後1時、覚えのないミーティングが入っている。
 (なんだこれ)
  予定の招待者を確認する。
  表示されたのは、宗くすみの名前だった。
  拒否しようにも、すでに予定がブロックされている。
  柳は息を吐き、椅子にもたれた。
 (やっぱり、見間違いじゃなかったか)
  昨日、各部署の挨拶回りをしている姿を遠目に見かけていた。てっきり一日程度の出張かと思っていたが、念のためくすみの予定表を確認し、また首を傾げることとなる。
  くすみの所属は、東京に変更されていた。
  (......どうなってる?)
  他人の人事にはあまり関心がない。人事(じんじ)とかいて人事(ひとごと)と読む。
  しかしさすがに、自分の機微には敏感だ。
 (東京に出向になったのはどうでも良いとして、問題はこのタイミングでミーティングまがいのヒアリング組んできた意図だ。東京でトレーナーに俺が選ばれたってわけじゃねぇだろうけど、すーげぇヤな感じ......)
  同期の捜査官ということで何かと縁があり、関西も関東に別れても顔は知っていた。だが彼がこっちに来るという話は聞いておらず、個人的な付き合いがあるというわけでもない。
  ヒアリングについては、上司から近々何かあるよ、とは言われていた。
 (アレも変だったんだよな......あるよってだけで、何の用事だか、はっきり言われなかったし)
  事前の詳細告知無しでのミーティングに何の意義があるんだと、柳は内心辟易していた。
  会議の前日には簡潔なメモでこれまでの内容を整理し、1時間前には新情報がないか確認を済ませ、自分の方針や立ち位置を理解したうえで、本題に臨みたい。
  柳徹は、そういう仕事をするタイプの人間だ。
  だから今回の件については、発議者はなかなかの怠慢野郎だとタカを括り、参加は時間の無駄だ、面倒だと思っていた。
  だが、招待者がそんじょそこらの凡庸でなく宗くすみともなれば、話は変わる。
 (黙ってろって指示があったんだろうな......)
  事前に心構えがあるとまずい内容について問われるのか、或いは、断られる可能性が高い案件なのか。
  カレンダーの予定にマウスを合わせ、右クリックを繰り返す。だが何度やっても、メニューに「削除」「拒否」の言葉は表示されない。
 (俺ホント、あいつと相性悪いんだよなァ......)

  時計をチラリと横目で眺め、柳はまたため息をついた。




「きーちゃん昼暇?」
  声をかけられた三春喜助はすぐに顔を上げた。
 「暇っちゃ暇......忙しいっちゃ忙しい......」
 「用件次第か。オッケー。じゃあちょっとタバコ吸おうぜ」
  その提案は悪くなかったらしい。
 「ん」
  三春は短く応えて、のそりと立ち上がった。
 「それで?」
  喫煙室までの道すがら、本題に入る。
 「宗くすみがこっちに来てる」
 「え」
 「何だ知らなかったのか」
 「そんなに親しくねぇし。だいたい、まだみんなは知らないだろ? 徹の情報は早いんだよ。......それで?」
 「アイツ昔、関西で何してた?」
 「え?」
 「アイツの仕事だよ」
 「仕事って......そりゃ普通に、捜査官やってたよ。俺と臨時で組んだ時も、他とそんなに、業務に変わりはなかったけど」
 「んー、じゃあ何か聞いてないか、仕事について。東京に行きたいとか」
 「聞いてないな。そんなに仲良くない」
 「ハッ、アイツ仲良い人間とかいんのかよ」
  「女子と一部のマゾ信者」
 「あー......それな。きーちゃんよく見てるわ......」
  喫煙スペースに入り、三春に一本手渡す。三春はライターを取り出して、柳の咥えたタバコに火を灯した。
 「さんきゅ」
 「こちらこそごちそうさん。......で、柳こそ、くすみとは同期なんだろ?」
 「同期だけど道が違いすぎるね。アイツのやることバリバリのキャリアだし。俺は現場仕事が大好きだし。昔はたまに比べられてたけど、多分もう、俺よか権限強えんじゃねぇの。出世欲が違うもん」
 「出世ねぇ......縁のない話だな」
 「俺もだよ」
  深くゆっくりと煙を吸って、ため息に混ぜて吐き出す。
  三春はしばらく無言で天井を見上げていたが、ふと何かを思い出した。
 「関係あるかわからないけど、変わったやつだなと思ったことがあって。......捜査官と監察官の話を、されたことがある」
 「何だそれ」
 「捜査官が本当に優秀なら、監察官が表舞台に引き摺り出される必要はないはずだ、って、そんなこと言ってた」
 「お前にか? 失礼な奴だな」
 「いや......普段の嫌味とかとも違う雰囲気だった。もっと、思いつめてて、苦しそうな」
 「苦しい? あいつが」
 「わからん。いろいろあるんだろ」
  三春は軽く首を振って、煙草を消し、「じゃあ、俺そろそろ戻るわ」と喫煙スペースを後にした。

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