送る人
この現場で死人は決して珍しくはなかった。
帯刀すること自体が死を呼ぶのだと、左は考えている。
近代で廃れ切った武器だ。
今の時代に白刃をふるって戦うことに宗教的意義や慣習的な美はあったとしても、実践としてはあまりにも欠点ばかりが目立つ。
なぜ銃では駄目だったのだろう、と、左は考えた。
玉鋼を、刀ではなく弾丸に加工する術がないわけでもないだろう。戦術において遠距離戦のほうがまだ生存率が上がる件については、今更解説するまでもない。
その証拠に近代化以降の戦争では銃器の活躍が顕著だ。だから、帯刀という考え方自体が、既に、戦術の時代に取り残されている。
だが、御託をいくら並べても、死んだ命は取り戻せない。
受付で香典を渡す。
遺された家族の表情には、まだ疲労が滲んでいた。若い妻と、幼い子供がいる。
ろくでもない仕事だと、やくざな商売だと、そう言い切ってしまってさっさと辞めてしまえばよかったと、こんな時ばかり思う。
自分が悼まれる側になる日が来ないと、左には断言できなかった。
「......あ」
顔を上げた先、知った男を見かけた。
保泉朔太郎。
――くらき土壌にいきものは、懺悔の家をぞ、建てそめし。
不意に、そんな一説が頭をよぎる。
(そっちは萩原朔太郎、だったか)
いつもの耳飾りがなかった。通夜だから置いてきたのかと思う。
「お疲れ様」
保泉は、どこかうつろ気に言った。それからねぎらうように笑って見せた。その笑顔を正面から見られないことを、申し訳なく思う。
疲れた気配が濃かった。
大勢死んだと聞いた。彼が生き残ったとも。
「青鈍さんも、大変だったでしょう。最近休めていますか?」
「......こんな折まで、お気遣いありがとうございます」
互いに会釈をかわす。
連日葬式だった。それを踏まえて、保泉は力なく笑う。
「......弔辞ばかりが、うまくなっていきますよ」
疲れを見せまいとするような口ぶりだった。
それが一層、哀れに見えた。彼こそ、労わられてしかるべきだろう。後悔も、心の傷も、まだ癒えていない時期だ。
それを押してきた、そんな素振りだった。動いている間は忘れていられるからと、きっと、葬儀の支度もしたのかもしれないと、左は考えた。
遺族からの罵倒を受けなくてはならないと、表舞台に顔を出したのかもしれない。
考えるだけならいくらでも自由だ。そのどれも、答え合わせの必要は無いだろう。
たまたま葬儀の席で会っただけだと、その日は割り切った。
「じゃあ、失礼します」
「ええ」
軽く会釈をして、別れようとする。
だが後ろ髪を引かれた。
立ち止まりかけた足を戻して、保泉のほうへ身体だけ向ける。
「保泉さん」
「何です」
「......今夜はどうか、よく眠られてください。貴方が、折れないように」
少しだけ、保泉は黙っていた。
「お返事、またいつかで良いですか?」
苦笑するような気配とともに、返事があった。
「いえ。......差し出がましいことを言いました。これで、失礼します」
頭を下げて、退散するように保泉の前を離れる。
余計な口をきいたと思った。
黙っていればよかったのかもしれない。
仲間と談笑する保泉を知っていた。冗談を言い合うのも聞こえていたし、そうする彼が楽しげなのも知っていた。
それが永遠に失われた今の彼の心境を、すべて慮るなど到底、無理には違いない。
振り返った先で、保泉は既に他の誰かと会話していた。
さめざめと、誰かの泣くのが聞こえた。
数年前の話だ。
したんさん(@shitan_120)宅、保泉朔太郎さんお借りしました。