心中桜:柳_一話

2019年10月16日

「桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか」
 有名な文句を不意に口にする柳徹を、相方の狗神実は奇妙なものでも見るように見上げた。
 柳は構わず機嫌よく続ける。
「おまえ、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている――」
「何、それ」
「梶井基次郎だよ。読んでねえの」
「どのぐらい練習したの?」
「四半時ばかし」
「え、もしかして馬鹿?」
「だって、言えるようになりたくて」
「その労力をどうして仕事に割かないかな」
「バッカだなぁ、仕事じゃこんなに頑張る必要ないでしょー...。凝るのは趣味だけだよ」
 実は付き合いきれないというように首を振り、足元へ視線を落とした。
「で? 掘り返してみる?」
 二人がいるのは夜の桜の下だった。
 桜にかどわかされるのは美人だけだと相場が決まっていると、柳は思っていた。
 だがどうも、そうでもないらしい。
 心中桜、というのは、昨今流行りの噂だった。
 決して結ばれぬ恋仲の人間が、互いに手を取り合い心中に走る。
 桜の下で永遠に、別たれぬ眠りにつくのだという。
「此処掘れワンワン......ってなら、ワンちゃんの出番じゃねぇ?」
「やりませんよ」
「へいへい」
 持ってきたシャベルを振り下ろす。
 もし空の仕業なら、何かしらの痕跡があるはずだった。
「たぶん」
 というのは、狗神の読みだ。
「空の影響で精神がどうにかなった人が、一緒に彷徨い出て殺されたんじゃないかなって」
 桜とともに語られる以上、おそらく桜の有名どころを根城としているのではないか、という話になり、二人で名所を順にめぐっていた。
「そういやさ」
 柳はふと、思い出した話を始める。
「桜の幹って、春になる前は赤いんだって」
「へー」
 狗神は興味なさげに聞き流す。
「血みたいな、綺麗な紅。それを押しだして、桜の色をつけるんだって」
「それで?」
「別に。思い出しただけ」
「手とまりかけてるよ」
「ごめんってば」
 桜の根を探す。
 地中に現れない表皮と、周辺の土を袋に入れて、取った場所と、北から数えて何番目の桜だったかを記載する。
 これを持ち帰って語部に調べてもらうことで、捜査の一助とする考えだ。
「そういやさ」
 最後まで桜を調べ終えたところで、柳はのんびりと自分の考えを口にした。
「桜調べるのもいいけどさ、死にそうな人間探して後をつけたほうが早くねぇかな」
「......は?」
「つまり、この辺に住んでる若い独身の女で、かつ、身分差のありそうな人間と交流のある女を探すんだよ。例えば、華族のところに出入りのある女中とか、料亭に努めてる娘とかさ。結ばれない恋が思いつめるところを、探すんだ」
「そんな都合よく行かないと思うけど」
「そうかな」
「じゃあ好きに調べれば?」
「へー、いいの?」
「効率悪いから、僕は手伝わないけど」
「マージか」
「お嫌いの残業して頑張ってね」
 柳はしばらく返事をしなかった。
 だがやがて深いため息とともに「へいへい、頑張りゃーす」と返した。 


#帯刀課_帝都陰陽異聞 #帝都陰陽異聞_心中桜 参加作品です。
こじゃかなさん宅(@sushi_7241)狗神実くんお借りしました。 

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