心中桜:左_一話
桜の季節が終わったと、左青鈍は思った。
「結局――」
ふたを開ければ例年と変わらず、阿吽相手の伊伏麟太郎と大した進展はない。
八年前から片恋続きで、実らぬ日々にももう慣れのトウが立ち始めている。
花見に誘った時、伊伏は何の疑念もなく頷いてついて来てくれた。知人も友人もずいぶんいる中で自分のために日を開けてくれて、二人きりで桜を見た。
その横顔がやけに綺麗に見えたのは、きっと年々降り積もる恋慕のせいだろう。
「伊伏」
麟太郎、と呼ぶに至らないまま、年月ばかりが過ぎていく。
「ん、どないしたん?」
伊伏は団子を食べながら不思議そうに左の顔を見た。
「腹、足りた?」
「え、まだ食べてええの?」
「あっちの店の、焼きイカ。美味しいって評判だったから」
「ホンマに?」
伊伏の表情がパッと明るくなる。
「ほな僕買うてくるね。オニちゃんはいらんの?」
「俺はいいや。その辺で酒買ってる」
「うん」
伊伏は、日本酒の下戸だった。だから彼の分を買うことはなく、左は一人で列に並ぶ。
桜は盛りを過ぎていた。出店の数も、桜を追って北上したのか、幾らか減っている。
それでも散る桜にかこつけて酒を飲み騒ぎたい人間はまだ少なくなかった。
ふと物陰に目をやると、男と女が二人で何かをささやきかわすのが見えた。男が不意に、女の唇を奪った。
左は思わず目を背けた。
羨望があった。
伊伏が女だったら、ああやって誘って、唇の一つも奪えていただろうか。普段の自分の性格では到底かなわないが、それでもこの桜の美しい夜なら、あんな大それたこともできるだろうか。
男が女の手を引くのが見えた。女は男に手を引かれるまま、花見の提灯下から姿を消した。
左はじっとしていた。
酒を買う列が前に進んだが、頓着は無かった。
後ろの人間が迷惑そうに前に進んだ。
生涯叶わぬ恋だと、唐突に悟ってしまっていた。
愚図愚図と八年想い続けてきた恋情は、己が男で彼も男である以上、実りようのないものだ。
よしんば実らせたとして、先に苦難が待つのを左は知っている。その苦難に、どうして伊伏を付き合わせられるだろう。
「オニちゃん......?」
伊伏が左を探しに来た時、左の姿はすでになかった。
酒の店をほうぼうめぐってみたが、それでも左は見つからない。
先に下宿に帰ったのかと、伊伏は首を傾げながら帰路についた。
左は、三日たっても戻らなかった。
#帯刀課_帝都陰陽異聞 #帝都陰陽異聞_心中桜 参加作品です。
こじゃかなさん宅(@sushi_7241)伊伏麟太郎くんお借りしました。