夜散歩

2019年10月28日

 若千冴と柳徹が臨時バディを組んでいたのは数年前の話になる。

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「よーす若ちゃん」
 適当な呼びかけに、若はくるりと振り向いた。
「お、柳~♪」
 ご機嫌な様子に、柳もゆるく笑い返す。
 最初は丁寧に「柳くん」と呼んでくれていたのだが、そう呼ばれるたび「柳がいい」と訂正し続けると、いつの日か「くん」が消えた。

「メシ行こうぜメシ」
「ん、いいよ~どこ行きたい?」
「中華とか?」
「あは、疑問形なんだ」
「何腹か分かんねぇけど腹は減ってんだよ。あるじゃん、そういうの」
「おっけー、任せて」

 千冴はスマホを取り出した。周囲の名店でも検索しているんだろう。

「穴場っぽいのあるよ」
「そーゆーのどこで見つけんの」
「女の子が喜んでくれるんだよ」

 にっこりと目を細める色男は、今日も今日とて職場の女子に引っ張りだこだ。
 気が付けばめぼしい女たちに囲まれて、ハーレム状態で談笑するのをよく見かける。
「何人喜ばせりゃ気が済むんだか」
「柳は、付き合ってる子いないんだっけ?」
「大勢とニコニコしてるより一人と深く仲良くなりたいんだよ」
「あんまり女の子好きじゃないとか?」
「っつぅか、好きの種類が違うんじゃねェの」

 千冴が興味があるのは、大勢での華やかなやりとりだ。それ以上の触れ合いはやぶさかじゃないが、自分から積極的にそれ自体を狙いとしている訳でもない。
 一方の柳にとって、合コンは前座に過ぎず、真の目的はそこで見つけた可愛い子と二人きりで夜を明かすことにある。もっとも、その後の付き合いにはさほど興味はないし、一晩さえ楽しめればそれでよい。

「それより、焼き鳥好きだったよね、柳」
「あ、うん。チョー好き」
「いい店あるよ、案内しようか」
「行ったことあるとこ?」
「うん。前に、妹たちと。メモ入れてたの見つけた」
「あー、あの別嬪ちゃんたち? すげー可愛かったよね。今夜呼ぶ?」
「ダメだからね? あの子たち予定あるから」
「へーェ」
 柳の手が早いのを、千冴も知っているんだろう。いつも予定詰まりで、彼の妹たちとお茶をできたためしすらない。

 店の暖簾をくぐり、カウンターに男二人で座る。
「瓶ビール、グラス二つで」
「はいよ」
「あと、串適当に10本ぐらい」
 柳の注文後、すぐに冷えたグラスが並んで出てくる。
 千冴に一人でジョッキを空けさせるのは、水曜の夜に褒められた行動じゃないだろう。
 グラス一杯分だけ飲ませて、後は自分でよろしくやるつもりで瓶を手に取る。
 軽くグラスを合わせて、一杯目を流し込んだ。冷えたビールが喉を伝い落ちるのが心地よい。
「うまー。やっぱ業後の一杯が最高」
「ほんとほんと~。今日も頑張ったぁ、って思えるよね♪」
 千冴も、ご機嫌に目を細める。

「そういや、最近彼女とはどう? そろそろ三ヵ月になるんじゃない?」
 何の気なしに振ってみると、千冴は途端渋い顔をした。
「んー......俺嫌われちゃったかも」
「マジか、何したの」
「え、何も?」
「原因それじゃん......」
 千冴はちょっと不思議がるように、眉根を寄せた。
「そのツラやめなよ、ワカカカ美人なんだからさ」
「え、それあだ名なの?」
「テキトー言った。でも絶対それだって。女の子っつぅか、恋人みたいなものって、ある程度は構ってあげなきゃしおれちゃうもんだからさ」
「しおれ......」
「キスとか、ハグとか、もっとすごいこととか、何もしてねぇの?」
「してないよ。顔近づくの、ちょっとヤだし」
「難儀だな~ァ......美人でもダメ?」
「顔の美醜の問題じゃないからねー」
 ふぅ、と千冴は悩まし気にため息をついた。
「でもまーいいんじゃねェの。ワカカカのことだから、また次は見つかるよ。その子にこだわりあるってわけでも、捨てられたら死ぬほど寂しいってワケでもないっしょ?」
「縁がなかったなとは思うけど」
「そういうこと。縁がなかっただけだよ。さっさ次いけばいいじゃん。それか、最初っからもうそういう縁結ばないとかがベスト」
「断るってこと?」
「そうそう。死ぬほど好きになるまでは、誰とも付き合わないぐらいのほうが気楽。俺はね? 若がどうかは知らねェけど」
「んー......でもわざわざ来てくれるのを拒否するのも悪いからさ~」
「優しさも困りもんだね」
 千冴はまた少し難しい顔をした。
 だがうまく言葉にならなかったらしく「うーん......」と深く考え込む。
 そこへ店員がやってきて、串が乗った皿を置いていった。ねぎま、もも、皮、砂肝、ハツが二本ずつだ。
「あ、いい匂い~♪」
 若の顔色がご機嫌に明るくなった。
「この店、ハツがすごいおすすめだよ」
「え、マジ? 俺ハツ好きなんだよねー」
「ホント! じゃ気に入るんじゃない?」
 じき、串の山が低くなって、ビールの瓶が空になる。

 仕事のこと、彼女のこと、遊びのこと。
 話しているうち、夜が深まっていく。
「二軒目行く? 知り合いの女が何人か、若に会いたいって」
「行く行く~♪」
 会計を終えて、二人で連れ立って店を出る。
 ほろ酔いの足取りは、まだ軽い。

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