七不思議・参

2019年11月19日

 三春は苦い顔をしてため息をついた。
「......余談のインパクト強すぎて何も頭に残らなかったんだが」
「え、あー......」
 柳も、やってしまったとは思ったらしい。
「いやまぁ、俺もほら、若いからさ」
「俺も同い年だが?」
「うっそー三つぐらい上かと思ってたー」
「柳徹。不純異性交遊の相談なら、学担の佐々木先生にしろ。人生の力になってもらえ」
「ハッ、それこそ冗談だろ? あの学担、森谷のお袋とデキてんのに」
「えっ」
「三春喜助、お前何も知らねぇのな......」
 脱線した、と、柳は話を戻す。

 概要をまとめるとこうだった。
 三日前、意中の女の子と放課後の女子トイレで仲睦まじくしていた柳が、異音を耳にした。

「何でそんなところで」 
「ホントは保健室使いたかったんだけど、その日は患者が寝てたんだよ。で、まぁ男子トイレで便座使ってたら怪しまれるけど、女子トイレって意外とバレねぇし、もうお互い弾けそうだったからしょうがなく......」
「お前がセックスの場所を選ばなかった理由なんか聞いてない」
「あー、異音がそこで起きた理由についてね?」
「当たり前だろ」
「ちょっとはセックス興味あるくせに」
「やかましい」
「まぁ、真面目な話、俺もいくらかは噂を調べたよ。前にその場所で何があったのか」
 柳は気だるげに頬杖をつく。
「まず良く聞くのは、いじめられてた女の子がそこで首を吊ったってやつ。だけど、この学校で過去に起きた自殺とは場所が一致しなかった。次に、もともとこの土地は墓地だったって噂。これについてもデタラメ。でもまぁ、一個だけ真実だった噂があった」
「何だ」
「殺人だよ」
 柳はスマートフォンで画像を三春に見せた。古い新聞の記事が載っている。
「昭和五十九年。当時十六歳の女の子が夏休みの間、トイレで監禁されてた。彼女は長いこと凌辱された後、最後は衰弱死したんだと」
 三春は顔を歪めた。
「......酷いな」
「同感。まぁそういう怪談の元ネタは、たぶんコレ。で、きっかけはともあれ、この場所には空が発生してる可能性が高い。トイレの中に、何かいるんだよ」
「その調査を、俺と?」
「俺が女子と一緒にトイレ入ると、相手の子に変な噂立つだろ? 男友達にしたって、若と俺じゃなんつぅか、組み合わせがチャラい」
「自覚はあるんだな」
「クズなりにね」
 柳は肩をすくめて立ち上がる。
「放課後ヒマだろ?」
「そういう用事なら、時間作る」
 三春は立ち上がり、柳と連れ立った。


 放課後の女子トイレはガランと静まり返っていた。
 柳がどこからか持ってきた画用紙に「清掃中」と書き入れて、ガムテープでトイレの入り口に固定する。
「準備いいな」
「こう見えてデートの下見は完璧にするタイプだし?」
「成程」
 薄暗いトイレの明かりをつける。
 物陰はなく、何かの気配もない。
「徹が使ってたトイレは?」
「こっち。奥から二番目」
 柳は無造作にトイレの扉を開いた。
「女子のトイレって、男子トイレと違っていい匂いするよな」
「変態かよ」
「ただの事実じゃん。女子ってすぐ芳香剤撒くし」
 何の変哲もないトイレだった。
 だが灯りは奥まで届かず、少し不気味に、薄暗い。
「どうする? 二人で入ってみる?」
「変なこと考えてないだろうな」
「アレ、もしかして変なこと考えちゃった方がいい?」
「気色悪いこと言うな。......前に使ったのは何時だった?」
「六時半。もうそろそろ時間だ」
 柳は便座の蓋を閉めてその上に腰かけた。スマートフォンでゲームをしながら、時間をつぶしている。
 三春は少し辺りを見渡して、異変がないのを確認して柳と同じ個室に入った。
 柳はちらりと三春を見上げる。
「鍵かけるなよ。万が一がヤバい」
「分かってるよ」
 三春はじっと耳を澄ませた。
 異音を聞き逃したくないという思いももっともだが、もし誰かが入ってきたらどうしよう、との思いも抜けない。

「......なあ徹、お前」
 この狭い個室で抜刀できるのかと、聞こうとした時だった。
 カリカリカリ、と、何かが扉をひっかく音がした。
「!」
 総毛立つのが分かった。
 息を殺す三春の前で、柳はポケットにスマートフォンをしまい、刀を手に取る。
 壁をひっかく音は、じわじわと壁際からドアノブの方へ移動していた。
 すぐ隣の個室に、何かがいる気配がある。
『ねェ』
 鈴を転がすような声がした。
『そコに、ダれカいるノ?』
 誘うような、甘い女の声だった。
 結界を張ろうとする三春の手を、柳が止めた。
 カリカリと壁をひっかく音は、徐々に移動している。
 柳が呼吸を整えるのが分かった。次の瞬間、銀の光が三春の前を横切った。
 柳の刀が、隣の壁を貫いていた。
 甲高い何かの悲鳴が上がる。

「喜助! 結界!」
 柳の意図は、三春にもすぐわかった。
 返事をする間も惜しんでトイレのドアを蹴り開け、即座に結界を発動させる。
 柳が三春に求めた結界は、かなりトリッキーだった。
 結界の中に、三春と柳、そして空を、逃げないように閉じ込める。
 トイレから飛び出した空は、黒いセーラー服の女のシルエットに見えた。
 床に倒れた空から、どす黒い液体がドロドロと流れ落ちている。
 空は外に出ようと、トイレ入り口のドアを幾度も叩いた。
 その髪を柳が掴む。
 その口もとが、醜く歪むのを、三春は見た。
「徹.....!」
 三春が名前を呼んだ瞬間、柳は空の心臓部を一突きに刺し貫いていた。


「お疲れ」
「あまりいい気分じゃない」
「だよねー」
 自販機の缶コーヒーを渡して、柳は苦笑していた。
「ほい、おごり」
「いくらだった?」
「いいって。おごらせてよ」
 中庭のテーブルで、二人で小休止する。戻ったら報告書が必要になるだろう。
 その前に、少し話していたかった。
「......お前、あんな顔するんだな」
「え、何が」
「空を、祓うとき」
「ハハ。祓うっていうとすげぇ、大義名分あるっぽくて良いよね」
「答えになってない」
「答えてねえからな」
 柳は三春を見て、また苦笑した。
「......それがお前だっていうなら、別に口は出さないけど」
「一つ分かったんだよ」
「何が?」
「過去のさ、女子生徒の監禁殺害事件。あんな殺され方した人間が、あんな甘い声出すもんかな」
「......それは俺も、違和感があったけど」
「たぶん、事実は逆なんだよ。男が女に狂わされて、女に踊らされた」
「だけど、トイレで殺されたんだろ?」
「物理的な状況で不利なのは女の方だよ。だけど心情は、どうだったんだろう。とりこにされたのは男の方だったんじゃねえかな。何があったかは、どうでもいいけど」
 柳はコーラのプルタブを引いた。
 結局答えになっていない、と、三春は目をすがめる。
「......徹」
「ん」
「あんまり、無茶するなよ」
「あー、うん。あざ」
「無茶するときは、俺も手伝うから」
「え」

 柳の目が一瞬、見開かれた。
 それから柳は、人懐っこく目を細めて「あぁ、それ、すげぇ嬉しい」と笑って見せた。

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