ネオンライトは踊る【第2話】

2019年11月17日

「柳!」
 若が咄嗟に腕を引いた。
 それで、自分の片足が結界から出ていたのに気付いた。
「あっぶね......」
 周囲は既に、どろどろとした黒いモヤに覆われていた。
 画面が激しく点滅したかと思うと、筐体から甲高い笑い声が響く。
「完全に囲まれてるな」
「うん。思ってたよりずっと、多いね」
「それとも、でけぇのかね」

 敵の得体は知れない。黒い靄のようなものが、膝下に溜まっている。
 だが柳と若が立つ筐体のまわりは守られていた。
「さすが若家」
 あらかじめ若が描いていた結界が、空とこちらを隔てている。
「まだ出ちゃダメだよ。一旦、向こうの様子を見たい」
 若はじっと周囲へ目を向けた。
「オーケイ、監察官サン」
 若が持ってきたペンライトを向けるが、暗い霧が立ち込めて見えない。
 柳はいつでも抜けるように柄に手をかけた。意識を研ぎ澄ましたまま、指示を待つ。
「数自体は、多くない。たぶん三ぐらいだ」
「場所は? 俺暗くてよく見えない」
「手前に一、あとは奥の方に二」
「少しなら出て斬れないかな」
「無茶は許さないからね」
「へいよ。このモヤ吸ったらやべぇかな」
「たぶん、みんなこれを吸って記憶を無くしてるんだ。だから医療班の手当てが必要だったんだよ」

 若は筐体に向き直った。
 ゲームの画面はまだ、コインを入れるよう求めている。
 柳はポケットをまさぐった。ゲーム用の小銭入れに、百円玉が何枚か入っている。
「どうする? コイン入れてみる?」
「それで反応するタイプの空なのかもしれない。......本当はもう少し、判断材料が欲しいところだけど」
 若は少し迷うようだった。
 その背を押すように、軽く肩を叩く。
「難しい顔すんなよ。よく言うだろ?」
 コインを一枚入れて、スイッチを押した。
「ゲームは、遊んで覚えるもんだ」
 起動音が響き、画面に紫がかった砂嵐が起こる。

「モット もっと 踊っテ見セテ よ!」

 電子音声じみた笑い声が、ケタケタ響いた。
 ステージ選択のサウンドが響き、難易度選択画面が現れる。
「何が起きるかわからない、十分用心して」
「へーきへーき。ライフが尽きるまでは、何が起きても大丈夫じゃない?」
「尽きたら?」
「ゲームオーバーだよ。だけど2曲踊りきったら、ゲームクリアだ」
「リスクは、どれぐらい?」
「さぁ。見たことない譜面だとてこずるかもしれないけど。でもどちみち、コアを探さなきゃダメだろ? もしこの空がゲームに依拠してるなら、クリア報酬でコアが出てくるかもしれない」
「試す価値は、ありそうだけど」
「任せなって。誰だと思ってんの」
 からりと笑うと、若は心配するような目を向けて、筐体から一歩離れた。
「僕は結界の維持に、専念するよ」
「背後は任せたよ、相棒」
 ハウスミュージック風の音楽が流れだす。アップテンポなその曲は、初めて聞くものだった。
「選んでねえんだけどな、この曲」
 首を傾げる柳の前で、画面に譜面が表示された。
(譜面自体は問題ねえか。そこそこ踊れる)
 邪魔が入るでもない、慣れたステップで軽く譜面をクリアしていく。
「若、これ思ったほどでもねぇよ。ゲーム自体は、大したこと」
 ない、と言おうとした次の瞬間だった。
 不意に、右から左へ射貫くような爆音が響いた。
 レーザーのような光が、柳の片目を射抜く。
「柳!」
「平気だ、見えてる!」
 だがそれで、ノーツが踏めなくなった。
 耳がやられてリズムが狂う。
「アリかよこんなの」
 舌打ちして、ステップを軌道に戻す。耳奥でまだ、鈍く音が反響していた。
 片目が完全におかしくなっている。
 それでも、一曲踏み切った。
「きっつい」
 初見譜面であることももちろんだが、音がほとんど聞こえず、リズムが取れない。
 肩で呼吸を整える。
「結界は、どのぐらいもつ?」
「まだ大丈夫。柳こそ平気?」
「筐体にクソ嫌われてる。でも判定は正常だしノーツも狂ってない。ゲームは、正常だ」
「目は?」
「片方は見えてる。若は平気?」
「僕は平気。音にもやられてないよ」
「分かった」
 次の曲が、柳の操作を待たずに始まった。

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