ネオンライトは踊る【第1話】
原案:れとさん
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仕事を終えた柳は、猫のように大きく伸びをした。そしてバディの若へ「なぁ」と声をかける。
「今日定時で上がれそう?」
「当ったり前~♪」
機嫌の良い返事が返る。
「報告書はもう出してるしね。新しい事件でも飛び込んでこない限り、スッキリ定時退社だよん」
「やるじゃん」
柳はスマートフォンの画面を若に向けた。
「このバルさぁ、最近できたんだけどすげぇ評判良くて。今夜の予定どう?」
「空・い・て・る♡」
「マジで~千冴チョー好き。19時半から予約とっていい?」
「もっちろん! 駅近?」
「駅近~」
「最高~」
ぱぁん、と小気味よい音を立てて、二人でハイタッチする。
だが、二人の業務用チャットが不穏な着信音を放つ。
『【新着任務】柳捜査官、若監察官両名 出動要請』
その一行を皮切りに、延々と縦長のチャットが続く。
「マジで?」
「うっそ……」
二人は同時にうめき声をあげ天井を見上げた。
退勤まで、残りたったの5分だった。
「絶対あのクソ上司俺らのこと狙っただろ」
「わっかる~~~ボクもそう思う~~~~~」
「あの陰険野郎ォ、ケツの穴ちっさすぎんだよ。拡げてやろうかホント」
「やってもいいけど、ボクのいないとこでやってね」
「うぃーーす」
公用車のハンドルを握り、柳は退屈そうにため息をつく。
不幸中の幸いは、調査先がゲームセンターだったことだ。
「2人でプレイすると、意識がぶっ飛ぶ......ねぇ。酔っぱらってたか警察の世話になるクスリでもキメてたんじゃねェの?」
「冗談でしょ?」
「さすがに冗談。警察がちゃんと薬物検査やったのも、アルコールの度数とったのも知ってる。12人とも全員、シラフだったってな」
「調査録は読んでるんだ?」
「ざっとだけど」
「柳って、思ってるよりちゃんとしてるよね」
「ハ、それこそ冗談。たまたま目ェ通したところの話しただけだって」
気乗りしないそぶりで肩をすくめる。
柳に言わせれば、一番時間がかからない方法は結局、コツコツ堅実にだ。
小さな手間を一つ一つ重ねていくことで、やがて技術が身に付き、仕事が早くなる。
柳の仕事は、軽佻浮薄な言動にそぐわず、緻密で丁寧だ。
王道に近道無し、正しい努力に偽りなし。
だが、それを知られることを柳は好まない。
良い加減でなく、いーかげん。適当でなく、テキトー。そう見られることを、望んでいる。
「着いた」
近くの駐車場に車を停め、車から降りる。
ゲームセンター内には、まだ人が残っていた。
そばにある椅子に腰かけて、様子をうかがう。帯刀している柳を見て、何人かがひそひそと言葉を交わすのが見えた。
柳は頓着せず、若を見下ろす。
「なー千冴。まだ行っちゃダメか?」
「一般人がはけてからじゃなきゃだ~め♪」
「閉店まであと何分?」
「10分だけど?」
「ん~......すげぇ微妙」
「ギリギリ1プレイできないなって思ったでしょ?」
「おん、当たりだよ」
柳はポケットに触れた。煙草と携帯灰皿は、ちゃんと持ってきている。
「だりぃから、ちょっと吸ってくる。キレちまった」
「仕事前には戻ってきてよ?」
「おん」
のっそりと立ち上がって、一度店の外へ出る。空気にはじんわりと冬がにじみだしていて、ジャケットだけではもう、少しだけ肌寒い。
二股に割れた舌で、フィルターをなぞってから咥える。柳の癖だ。
ジッポで火を灯し、深く煙を吸って、ゆったりと吐く。ヤニが身体に浸透して、肺にべったりとタールが絡むような錯覚が、心地よい。頭の奥がぐらりと揺れる、酒に似た軽い酩酊感があった。
騒々しい音楽が、次第に止んでいく。もともと人の少ないゲームセンターだ。明かりが消えていくのに、そう時間はかからなかった。
二本吸って、店へ戻る。
すでにゲームセンター内の照明はほとんど落とされていた。避難口のランプだけが、緑色に光っている。
「若ァ~、どこ?」
ただでさえゲームセンターの中は広く、視界が悪い。そう簡単には見つからない。
相方を探す足は自然と、遊び慣れた筐体へ向かう。
「こっち来ると思ってた♪」
軽やかで楽しげな声がした。
音楽ゲームの前で、すでに若は支度を整えていた。
鮮やかな朱が、暗い床の上に美しい結界を描いている。
「すげー綺麗じゃん」
「ん、ありがと♪」
「これにすんの?」
「柳、このゲーム好きでしょ?」
「おん。覚えててくれたんだ」
「当然」
にっこりと整った笑みを返し、若は立ち上がる。
「さて、支度はできたよ。柳は、準備どう?」
「いつでも。2人プレイなら2コインかな」
ポケットから小銭入れを取り出す。
カードを筐体にかざすと、ログイン画面が出てくる。パスワードを入力すると、見慣れた選曲画面が現れる。
「若はこのゲーム、やったことあんの?」
「んー、初めてかな。チュートリアルからでいい?」
「そうな。これチュートリアルねーとややこしいから。ちゃんとやっといた方がいい」
二人で並んで筐体に立つ。
コインを二つ入れると、アップテンポの曲が流れ始めた。
若の飲み込みは、さすがに良かった。運動神経もある。動きにはキレがあり、要素を理解するのにそう時間はかかっていなかった。
「結構楽しいね......!」
眼鏡をかけなおして笑う表情は、すっきりと爽やかだ。
「そろそろ、難易度上げていこうか」
1枚、コインを入れる。
不意に、周囲がじわじわと、暗くなっていく気がした。
(集中出来てんのかな、俺が)
薄く目を細める。
(いや、違うか。お出ましだ)
「......柳」
若が囁くように呼んだ。
「感じる?」
「あぁ」
何食わぬ仕草で、もう1枚のコインを足した。
筐体が、鮮やかなネオンの光を放つ。
「そろそろだな」
コインを飲み込んだ筐体が、聞きなれぬ音を上げる。
『ヨウコソ ずっと、ネオンライトとともに、踊って、ネ』
現れた鮮やかな画面と、流れ出す音楽は、見知らぬものだった。