スノウ
経緯は些事で、あまり覚えていない。
コーヒー店でたまたま居合わせただとか、死に損なっていたところに救急車を呼ばれただとか、その後日また喫茶で会っただとか、その程度の偶然が続くうち、情報筋からのうわさで、彼を人殺しだと聞いた。
事の真相はどちらでもいい。
確かめるほどの理由はないし、聞いたところで返事をする男でもないだろう。
だからこうして、廃ビルの屋上で、彼が雪を降らせるのを見るでもなく眺めている。
会う約束があったわけじゃない。たまたまこっちは襲撃が手ぶらで終わり、向こうは夜の散歩中だった。
それが何となく連れ立って、意味もなく屋上にいる。
ただ、良いことでもあったのか、今日の彼は機嫌がよかった。
「撮影が終わったんだよ」
と彼は言った。
「お疲れさん。よく撮れた?」
「上手に撮るのはカメラマンの仕事だから」
「それもそうか」
ひらひらと雪が舞う。
それを眺めて、時間を無為にする。
黒い着物の上に、少しずつ雪が積もっていくのが分かった。
「寒くないの、着物」
「中に着込んでるから、そんなに」
「着物って楽?」
「......ただの仮装みたいなものだから、割と楽とか、動きやすいとかは、どうでもいい」
「あ、そう」
基本的に他人に関心がないらしく、彼はそれ以上聞いてこなかった。
人を殺したのかと聞かれたこともなければ、人を殺したのかと聞いたこともない。
深入りしてもいいことは無いが、適当に駄弁る程度であれば害はないと思って、時折しゃべる程度の仲だ。
「そういえば篠見沢に新しい喫茶出来てたけど。もう行った?」
「知らない。何て名前?」
「Airdropでリンク送るわ」
「あ。ありがと」
しばらく携帯をいじる。
「一杯400円ぐらい。一緒に売ってたケーキが美味しかった」
「ホントに。今度仕事の帰りにでも行ってみようかな」
「休日がいいんじゃない。そんなに遅くまではやってないみたいだったけど」
「へぇ」
「モデルの休日って、いつか知らないけどさ」
「結構不規則だよ。肌荒れそう」
「女子みたいじゃん」
「でも気を付けてないと、カメラマンだけじゃなくていろんな人に迷惑かかるから」
「顔だけは怪我できない?」
「腕とか出るときはそこも。青あざとかあったら、しばらく仕事呼んでもらえないし」
「へぇ」
その割には人殺しに手を染めるんだな、とは聞けなかった。
反撃のリスクを考えないわけでもないだろうに、それとも遠隔で攻撃できるだとかの異能力で、平気なんだろうか。
(何のために殺すんだ)
と、聞いてみたい程度の興味はそそられた。
人殺しがモデルの皮をかぶっているのか、モデルが人殺しを犯してしまったのか、それ自体で状況はだいぶ変わる。
だが、口をついて出るのは
「怪我ぐらい加工で何とかなるかと思ってた」
との当たり障りのない言葉だった。
「加工するのもお金かかるんだよ」
「へぇ、簡単じゃないんだ」
「そんなに詳しいわけじゃないけど。タダじゃないし、身体が無事なら払わないですんだお金だし」
「プロ意識?」
「最低限じゃない?」
「へぇ
佐島の携帯が鳴った。
バイト先からのヘルプ要請で、ため息が漏れる。
「じゃあ、帰るわ」
「うん、気を付けて」
「そっちも」
積もった雪を払って、立ち上がる。
雪を降らせる男は、まだしばらくそこに残るらしかった。
別れた先で彼が何をするか、自分がどうなるかは、互いに知った話じゃない。