くすみさまファイル04

2019年11月26日

「ちょっと思ったんだけどさ、廃墟の中で火ィ焚くのって、法律的にどうなんだろう」

「バレければ違反じゃねぇよ」

「キャッ、素敵! きーちゃん言うこと言う~」

 柳はぱちんとウインクを飛ばした。

「うふふ、やっちゃんたら純情なのね~、ルールはバレないように破ってナンボなのよ~」

「いやきーちゃんマジ気楽だわ」

「こっちの台詞~」

 緩いノリで会話しながら、二人は廃墟を振り返る。すぐそばの林で、乾燥した木の枝を拾い集めている最中だった。

 もともとは、観測地点として設置された建物だったらしい。あまり大きくはないが、一階建ての平屋だ。部屋は4つほどあり、三春と柳は、玄関そばの部屋を一晩の拠点としていた。

 思いのほか廃墟の中が冷えたので、暖を取ろうという話になったのだ。

「おー、さむ、かなわん」

「冷えるね~早くあったまりたい」

 コンクリートが砕けて砂があらわになった床に、拾った枝を敷き詰め、ライターで火をつける。

 二人はそのそばにかがみ、どちらともなく、両手を火に向けた。

「灯油かなんか、車からちょっと出せばよかったかな」

「静電気で引火したら大変だろ。どうやって帰るんだよ」

「まー、そりゃそうなんだけどさ。火ってこれ、どんぐらいもつかな」

「分からん。また薪拾いに行くか?」

「暗くなってからじゃちょっと危ねぇかもよ? この辺り、何が出るかわかんねえし。それこそ闇に乗じて空に襲われたらひとたまりも」

「じゃあ、今のうちに?」

「んー、それか、床板はがしてぼんぼん燃やすのもアリかも」

「法律的に問題ないか?」

「バレなきゃいーんだよ」

 どちらともなく、にやりと笑う。

「俺キャンプ用の料理セット持ってきた。家から食材もちょっと」

「やるな」

「すげー好きなYouTuberがさー、こういうとこでキャンプするの好きなひとなんだよね。で、いろいろ見てたから自分でもやりたくなって」

「俺たちもいっそ配信でもするか?」

「はは、今回の依頼、完全にYouTuber向きだもんね」

「そろそろくすみに依拠しない収益について、考えてもいい時期かもしれない」

「確かにー。前回のやり方は汚かったもんな、あのクソアマ」

 火が消えないよう、時折燃えている木の位置をずらして調整する。

「なんか、部屋あったかくなってきたね」

「だな」

「飯盒炊飯やってみる? キャンプ用のやつと一緒に、持ってきたんだ」

「お、いいな。やるやる」

 外が徐々に暗くなっていく。

「そろそろ何か出るかな」

「薪は?」

「まだ足りそう。まぁいざとなったら早めに寝袋しいて、貼るカイロとかいろいろつかって暖とる方がいいかも。明かりはスマホでなんとかなるし」

「充電大丈夫か?」

「充電器持ってきた、大丈夫」

 二人は無意識に、外へ視線を向けた。

 沈む夕日が、くっきりと部屋に暗い影を落とす。

「......なんだろう、何か来る」

 呟いたのは三春だった。

「分かる、俺も、なんか来そうな、感じするけど、何が来るのか、わからない」

 二人はじっと息をひそめた。

 何か大きな気配が、家の周りを取り囲む。

「......なんだろうこれ、数が多いのとも、違う」

「こんな大きさ、だけど、ふつう......」

 三春の言葉は、不意に遮られた。

 ふわりと、急な浮遊感が二人を襲った。

「なっ、」

「うぁ!?」

 思い出したのは、遊園地のアトラクションだ。不意に上昇したかと思うと、一気に降下する。

「まてまてまてまて」

「冗談だろ!?」

 顔を引きつらせる二人にお構いなく、建物はそのまま地面へ垂直に落下した。

 かと思うと再び上昇を始める。

「こっちだ!」

 三春が押し入れを見つけて声を張り上げた。

「この中の、布団と座布団の間に身体を挟め!」

 柳は慌てて駆け出した。二人とも狭い仲にぎゅうぎゅうに身体を押し込める。

 三春の全身が収まり、柳も何とか身体を押し込めた次の瞬間、また建物が落下する。

「ぐっ、......」

 苦し気に悲鳴を上げた二人だが、不意に、奇妙なことに気が付いた。

 燃えている薪も、飯盒も、ぴくりとも揺れていない。

「なんか、おかしいぞ柳」

「うん、すげぇへんな、感じ......」

 不意に、振動が収まった。

 二人は恐る恐る、押し入れから這い出る。

 気配がゆっくりと遠のいていくのが分かった。

 窓からそっと顔を出し、二人は様子をうかがう。

 視界いっぱいに映ったのは、家ほどの大きさのある、巨大な男の脚だった。

「......なんだ、あれ」

「怪異......? 妖怪......?」

「分からん、あんなの初めてだ」

 二人はしばらくの間黙っていた。

 だが不意に、柳が「あ!」と素っ頓狂な声を上げて外を指さした。

 二人が乗ってきた車は、煎餅のように平たく、無残につぶされていた。
 

~~~~~

「あらまぁ、えらいな目に遭うたんやねぇ」

 くすみは今日も、どこ吹く風だった。

「お前な」

「まぁ、二人の命が無事で、ホンマ良かった」

「新車だったんだぞ」

「知らへんわそないなん。ほなこれ、今回の報酬と次回のリスト」

「はい。わかっていました。わかっていましたとも、次回があることぐらい」

 三春が少し遠い目をしながら、柳の分も茶封筒を受け取る。

「ほんでも、アレやね、そろそろ二人とも、なんや必殺技とか、出せるようになった方がええのんと違てる?」

 くすみは、無関心そうに爪を磨きながら尋ねた。

「必殺技?」

「そう、帯刀課の仕事では役に立つか分からへんけど。そないに思うてね、次の仕事はお寺での研修やねん」

「簡単におっしゃいますが、退治する化け物の種類もいろいろなので、一概に役に立つかは......」

「何かの役には立つやろ」

 にこりと、くすみは三春の弁を遮断した。

「ほな、また気を付けて出かけて来ぃや」

 何か言い返そうと口を開く三春の肩を、柳があきらめたようにポンと叩いた。

© 2019 kikaku_bty
Powered by Webnode
無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう