くすみさまファイル04
「ちょっと思ったんだけどさ、廃墟の中で火ィ焚くのって、法律的にどうなんだろう」
「バレければ違反じゃねぇよ」
「キャッ、素敵! きーちゃん言うこと言う~」
柳はぱちんとウインクを飛ばした。
「うふふ、やっちゃんたら純情なのね~、ルールはバレないように破ってナンボなのよ~」
「いやきーちゃんマジ気楽だわ」
「こっちの台詞~」
緩いノリで会話しながら、二人は廃墟を振り返る。すぐそばの林で、乾燥した木の枝を拾い集めている最中だった。
もともとは、観測地点として設置された建物だったらしい。あまり大きくはないが、一階建ての平屋だ。部屋は4つほどあり、三春と柳は、玄関そばの部屋を一晩の拠点としていた。
思いのほか廃墟の中が冷えたので、暖を取ろうという話になったのだ。
「おー、さむ、かなわん」
「冷えるね~早くあったまりたい」
コンクリートが砕けて砂があらわになった床に、拾った枝を敷き詰め、ライターで火をつける。
二人はそのそばにかがみ、どちらともなく、両手を火に向けた。
「灯油かなんか、車からちょっと出せばよかったかな」
「静電気で引火したら大変だろ。どうやって帰るんだよ」
「まー、そりゃそうなんだけどさ。火ってこれ、どんぐらいもつかな」
「分からん。また薪拾いに行くか?」
「暗くなってからじゃちょっと危ねぇかもよ? この辺り、何が出るかわかんねえし。それこそ闇に乗じて空に襲われたらひとたまりも」
「じゃあ、今のうちに?」
「んー、それか、床板はがしてぼんぼん燃やすのもアリかも」
「法律的に問題ないか?」
「バレなきゃいーんだよ」
どちらともなく、にやりと笑う。
「俺キャンプ用の料理セット持ってきた。家から食材もちょっと」
「やるな」
「すげー好きなYouTuberがさー、こういうとこでキャンプするの好きなひとなんだよね。で、いろいろ見てたから自分でもやりたくなって」
「俺たちもいっそ配信でもするか?」
「はは、今回の依頼、完全にYouTuber向きだもんね」
「そろそろくすみに依拠しない収益について、考えてもいい時期かもしれない」
「確かにー。前回のやり方は汚かったもんな、あのクソアマ」
火が消えないよう、時折燃えている木の位置をずらして調整する。
「なんか、部屋あったかくなってきたね」
「だな」
「飯盒炊飯やってみる? キャンプ用のやつと一緒に、持ってきたんだ」
「お、いいな。やるやる」
外が徐々に暗くなっていく。
「そろそろ何か出るかな」
「薪は?」
「まだ足りそう。まぁいざとなったら早めに寝袋しいて、貼るカイロとかいろいろつかって暖とる方がいいかも。明かりはスマホでなんとかなるし」
「充電大丈夫か?」
「充電器持ってきた、大丈夫」
二人は無意識に、外へ視線を向けた。
沈む夕日が、くっきりと部屋に暗い影を落とす。
「......なんだろう、何か来る」
呟いたのは三春だった。
「分かる、俺も、なんか来そうな、感じするけど、何が来るのか、わからない」
二人はじっと息をひそめた。
何か大きな気配が、家の周りを取り囲む。
「......なんだろうこれ、数が多いのとも、違う」
「こんな大きさ、だけど、ふつう......」
三春の言葉は、不意に遮られた。
ふわりと、急な浮遊感が二人を襲った。
「なっ、」
「うぁ!?」
思い出したのは、遊園地のアトラクションだ。不意に上昇したかと思うと、一気に降下する。
「まてまてまてまて」
「冗談だろ!?」
顔を引きつらせる二人にお構いなく、建物はそのまま地面へ垂直に落下した。
かと思うと再び上昇を始める。
「こっちだ!」
三春が押し入れを見つけて声を張り上げた。
「この中の、布団と座布団の間に身体を挟め!」
柳は慌てて駆け出した。二人とも狭い仲にぎゅうぎゅうに身体を押し込める。
三春の全身が収まり、柳も何とか身体を押し込めた次の瞬間、また建物が落下する。
「ぐっ、......」
苦し気に悲鳴を上げた二人だが、不意に、奇妙なことに気が付いた。
燃えている薪も、飯盒も、ぴくりとも揺れていない。
「なんか、おかしいぞ柳」
「うん、すげぇへんな、感じ......」
不意に、振動が収まった。
二人は恐る恐る、押し入れから這い出る。
気配がゆっくりと遠のいていくのが分かった。
窓からそっと顔を出し、二人は様子をうかがう。
視界いっぱいに映ったのは、家ほどの大きさのある、巨大な男の脚だった。
「......なんだ、あれ」
「怪異......? 妖怪......?」
「分からん、あんなの初めてだ」
二人はしばらくの間黙っていた。
だが不意に、柳が「あ!」と素っ頓狂な声を上げて外を指さした。
二人が乗ってきた車は、煎餅のように平たく、無残につぶされていた。
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「あらまぁ、えらいな目に遭うたんやねぇ」
くすみは今日も、どこ吹く風だった。
「お前な」
「まぁ、二人の命が無事で、ホンマ良かった」
「新車だったんだぞ」
「知らへんわそないなん。ほなこれ、今回の報酬と次回のリスト」
「はい。わかっていました。わかっていましたとも、次回があることぐらい」
三春が少し遠い目をしながら、柳の分も茶封筒を受け取る。
「ほんでも、アレやね、そろそろ二人とも、なんや必殺技とか、出せるようになった方がええのんと違てる?」
くすみは、無関心そうに爪を磨きながら尋ねた。
「必殺技?」
「そう、帯刀課の仕事では役に立つか分からへんけど。そないに思うてね、次の仕事はお寺での研修やねん」
「簡単におっしゃいますが、退治する化け物の種類もいろいろなので、一概に役に立つかは......」
「何かの役には立つやろ」
にこりと、くすみは三春の弁を遮断した。
「ほな、また気を付けて出かけて来ぃや」
何か言い返そうと口を開く三春の肩を、柳があきらめたようにポンと叩いた。