くすみさまファイル03

2019年11月26日

「あのクソアマいい加減にしろよ......」

 11月の吹きすさぶ風の中、二人は廃トンネルの前に車を停めた。

 毒舌の柳を、しかし今日の三春はいさめない。

 それどころか、深く頷いて同意の言葉を吐く。

「こんなのドライブがてら自分でやりゃいいんだ、どうせ信じてねぇんだから」

「霊障だって信じてないような女だろ? いっぺん自分で痛い目見りゃいいんだ」

 三春と柳は同時に、チッと舌打ちした。

「でも意外だな。くすみの悪口言ったら、お前、怒るかと思ってた」

 柳はルームミラー越しにちらりと三春へ視線をやる。

 三春は肩をすくめた。

「あいつは、とにかく気に入るようにふるまわねぇと、話が先に進まん。多少のおべんちゃらぐらい、別に平気だ」

「臨時で苦労したんだな、お前……」

「あいつのビンタはもうこりごりだ」

「苦労してんのな......」

 どちらともなくため息が漏れる。

 これまでの心霊スポットは、なるだけ噂だけの場所を選んできた。

 だが、指定されたエリアの中、最後の1か所だけはどうしても、本物の出る場所へ行かざるを得ない。

「......どうする?」

 運転席で、柳が呻いた。

「俺もう見えてるよ、この時点で。白い無害のが向こうに三つ。黒いちょっと危ないのが奥に二つ。えげつねぇ赤が、トンネル中央に二つ」

「俺も見えてる。同じ数だ」

「見間違いじゃねえか......」

 三春はため息をついた。

「トンネル前で10枚撮ろう、とにかく終わらせて帰らねぇと」

「その辺の景色適当に撮って帰っちゃダメかな?」

「ダメだ。くすみは仕事に厳しい」

「自分じゃ何もできねえくせに、あのクソアマ」

「まったくだ」

 深く頷いて、三春はカメラを構えた。

「せっかくだから、記念写真にするか」

「お、何記念?」

「100枚目記念」

「あはは、ウケる。いーんじゃね?」

 自撮りできるように、ぐるりとカメラのレンズをこちらへ向ける。

「ハイチーズ」

 ぱしゃりと数度、シャッターをたく。

「せっかくだからタイマーセットしようぜ、俺車から三脚持ってくる」

「いーね、せーのでジャンプとかやりたい」

「はは、楽しそう。ほら三脚だ」

「よしよし、オッケー、調整任せて」

 二人はいそいそとトンネル前に戻り、呼吸を合わせる。

「せーの!」

 楽しくジャンプしたその奥から、ひやりとした冷気が二人の首を撫でていた。

「見ようぜ」

「撮れてっかなー......」

 なるだけ背後を振り返らないようにしながら、三脚のそばへ戻る。

「確認は車の中でもいいかな」

「そだな、少し多めに撮ったし今日はもう帰ろう」

 何気ない会話を重ねるようにしながら、二人は車へと歩を進める。

(俺たちが気付いたことに、気付かれるな......!)

 二人の思いは一つだった。

 なるだけトンネルを見ないようにしながら車に戻り、キーをひねる。

「バックで突っ切っていい?」

 尋ねる柳の手は、軽度に震えていた。

「今すぐ、ぶっちぎれ!」

 三春が上ずった声を上げた。

 その三春の視界には、トンネルから伸びる巨大な二本の腕がはっきりと見えていた。

「さっきの赤いのは、違った、モノじゃなかった、起点だったんだ!」

「起点!? なんだそれ」

「わからん、分からんが腕の、生え際......!」

「このトンネル結構長いんだぞ!? 届くか、ふつうここまで!?」

「わからんからバックでぶっちぎれっつったんだよ!!」

 半狂乱で叫びながらも、三春はせめてもの抵抗に結界札の支度をする。

 一方の柳は、バックのまま曲がりくねった道を爆走させた。乱暴なハンドルさばきでバックドリフトしながら、着実に怪異との距離をとる。

 現れた白い巨大な腕は、さっきまで三春と柳が立っていた場所に生えていた大樹を、いともたやすくつかんだ。

 かと思うと、まるでなぶるように、何度も地面に大樹を叩きつけた。

 びしゃりびしゃりと、葉がこすれ合う不気味な音を、二人は確かに聞いた。

~~~~~~

「はーいホンマおおきに。仕事ホンマ早くて助かるわぁ」

 もらった写真を受け取ったくすみは、ニコニコとご機嫌だった。

 それに対し、二人はげっそりと、やつれた顔をしている。

「どないしたん? 二人とも。最近ちゃんと寝てへんのかしら。睡眠は美容にも健康にも欠かされひんのよ?」

「テメェほんと殺す」

「すみません柳のしつけがまだでした。睡眠のお話、ありがとうございます」

「構へんけど」

 くすみは軽く肩をすくめて、二人にA4サイズの茶封筒を手足した。

「ほなこれ、今回の報酬と次の資料」

「......は?」

 呆気にとられるハルに、くすみはにこりと美しく微笑んだ。

「次の仕事が来てんねん。廃墟で一泊してほしいんよ」

「はァ!?」

「やかまし柳」

 くすみはぺしりと柳の頬をうつ。

「報酬は一泊やさかい、それぞれ10万。まぁ悪い話と違うてるし」

「おい、これで終わりじゃなかったのかよ」

「べつ終わりでもかまへんけど、ほんなら封筒は置いてってな」

 くすみは狡猾だった。

 給料袋と資料袋を、一括にしてしまっている。

「......覚えてろクソアマ」

「大変失礼いたしました。次回も尽力いたします」

 舌打ちする柳の頭を後ろから押さえて、三春は深く頭を下げたのだった。

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