くすみさまファイル03
「あのクソアマいい加減にしろよ......」
11月の吹きすさぶ風の中、二人は廃トンネルの前に車を停めた。
毒舌の柳を、しかし今日の三春はいさめない。
それどころか、深く頷いて同意の言葉を吐く。
「こんなのドライブがてら自分でやりゃいいんだ、どうせ信じてねぇんだから」
「霊障だって信じてないような女だろ? いっぺん自分で痛い目見りゃいいんだ」
三春と柳は同時に、チッと舌打ちした。
「でも意外だな。くすみの悪口言ったら、お前、怒るかと思ってた」
柳はルームミラー越しにちらりと三春へ視線をやる。
三春は肩をすくめた。
「あいつは、とにかく気に入るようにふるまわねぇと、話が先に進まん。多少のおべんちゃらぐらい、別に平気だ」
「臨時で苦労したんだな、お前……」
「あいつのビンタはもうこりごりだ」
「苦労してんのな......」
どちらともなくため息が漏れる。
これまでの心霊スポットは、なるだけ噂だけの場所を選んできた。
だが、指定されたエリアの中、最後の1か所だけはどうしても、本物の出る場所へ行かざるを得ない。
「......どうする?」
運転席で、柳が呻いた。
「俺もう見えてるよ、この時点で。白い無害のが向こうに三つ。黒いちょっと危ないのが奥に二つ。えげつねぇ赤が、トンネル中央に二つ」
「俺も見えてる。同じ数だ」
「見間違いじゃねえか......」
三春はため息をついた。
「トンネル前で10枚撮ろう、とにかく終わらせて帰らねぇと」
「その辺の景色適当に撮って帰っちゃダメかな?」
「ダメだ。くすみは仕事に厳しい」
「自分じゃ何もできねえくせに、あのクソアマ」
「まったくだ」
深く頷いて、三春はカメラを構えた。
「せっかくだから、記念写真にするか」
「お、何記念?」
「100枚目記念」
「あはは、ウケる。いーんじゃね?」
自撮りできるように、ぐるりとカメラのレンズをこちらへ向ける。
「ハイチーズ」
ぱしゃりと数度、シャッターをたく。
「せっかくだからタイマーセットしようぜ、俺車から三脚持ってくる」
「いーね、せーのでジャンプとかやりたい」
「はは、楽しそう。ほら三脚だ」
「よしよし、オッケー、調整任せて」
二人はいそいそとトンネル前に戻り、呼吸を合わせる。
「せーの!」
楽しくジャンプしたその奥から、ひやりとした冷気が二人の首を撫でていた。
「見ようぜ」
「撮れてっかなー......」
なるだけ背後を振り返らないようにしながら、三脚のそばへ戻る。
「確認は車の中でもいいかな」
「そだな、少し多めに撮ったし今日はもう帰ろう」
何気ない会話を重ねるようにしながら、二人は車へと歩を進める。
(俺たちが気付いたことに、気付かれるな......!)
二人の思いは一つだった。
なるだけトンネルを見ないようにしながら車に戻り、キーをひねる。
「バックで突っ切っていい?」
尋ねる柳の手は、軽度に震えていた。
「今すぐ、ぶっちぎれ!」
三春が上ずった声を上げた。
その三春の視界には、トンネルから伸びる巨大な二本の腕がはっきりと見えていた。
「さっきの赤いのは、違った、モノじゃなかった、起点だったんだ!」
「起点!? なんだそれ」
「わからん、分からんが腕の、生え際......!」
「このトンネル結構長いんだぞ!? 届くか、ふつうここまで!?」
「わからんからバックでぶっちぎれっつったんだよ!!」
半狂乱で叫びながらも、三春はせめてもの抵抗に結界札の支度をする。
一方の柳は、バックのまま曲がりくねった道を爆走させた。乱暴なハンドルさばきでバックドリフトしながら、着実に怪異との距離をとる。
現れた白い巨大な腕は、さっきまで三春と柳が立っていた場所に生えていた大樹を、いともたやすくつかんだ。
かと思うと、まるでなぶるように、何度も地面に大樹を叩きつけた。
びしゃりびしゃりと、葉がこすれ合う不気味な音を、二人は確かに聞いた。
~~~~~~
「はーいホンマおおきに。仕事ホンマ早くて助かるわぁ」
もらった写真を受け取ったくすみは、ニコニコとご機嫌だった。
それに対し、二人はげっそりと、やつれた顔をしている。
「どないしたん? 二人とも。最近ちゃんと寝てへんのかしら。睡眠は美容にも健康にも欠かされひんのよ?」
「テメェほんと殺す」
「すみません柳のしつけがまだでした。睡眠のお話、ありがとうございます」
「構へんけど」
くすみは軽く肩をすくめて、二人にA4サイズの茶封筒を手足した。
「ほなこれ、今回の報酬と次の資料」
「......は?」
呆気にとられるハルに、くすみはにこりと美しく微笑んだ。
「次の仕事が来てんねん。廃墟で一泊してほしいんよ」
「はァ!?」
「やかまし柳」
くすみはぺしりと柳の頬をうつ。
「報酬は一泊やさかい、それぞれ10万。まぁ悪い話と違うてるし」
「おい、これで終わりじゃなかったのかよ」
「べつ終わりでもかまへんけど、ほんなら封筒は置いてってな」
くすみは狡猾だった。
給料袋と資料袋を、一括にしてしまっている。
「......覚えてろクソアマ」
「大変失礼いたしました。次回も尽力いたします」
舌打ちする柳の頭を後ろから押さえて、三春は深く頭を下げたのだった。