#遣われる黒衣の死者:多摩

2019年11月04日

 遠くでまた、何かの爆ぜる音がした。

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 街はハロウィンの極彩色にあふれていた。
 わずかな硝煙の香りと、人の悲鳴をよそに、商店街の音楽は不気味で華やかな音楽を流し続けている。
 その不釣り合いさが、事態の異常さを理解させるには十分だった。

「......鬼嶋、さん」
 咄嗟に名前を呼んだ次の瞬間には、鬼嶋は走り出していた。多摩も弾かれるように、鬼嶋の後を追う。
「犯人のツラ、見たか?!」
「いえ、見たはず、なんですけど......!」
 不思議と一切の記憶はなかった。
 一瞬の閃光、続く爆発音。
 何が起きたのか、多摩にはまだ理解が及んでいない。
 だが、ハロウィンで人通りの多いこの場所で、爆弾テロが行われたには違いなかった。
 動かなくなった母親のそばで泣き叫ぶ子ども。ぐったりとした娘を抱えたまま途方に暮れる父親。
 得体のしれない、誰かのものだった四肢の、断片。
「......っ」
 駆け寄ったことで、煙の向こうがはっきり見えた。
 目を覆いたくなるような惨状だった。
 くらくらと、眩暈がする。
 後ろへ崩れ落ちそうになった多摩の背中を、したたかに鬼嶋が叩いた。
「飲まれんな! 今そんな暇ねぇんだよ」
「す、すみません」
「救急車呼べ、それと警察、あと本部」
「......はい!」
 震える手で携帯電話を取り出す。
 ボタンを叩く指が、無様に震えた。
 震える声で、現在地を伝え、何が起きたのかを説明する。
 突然、爆発が起きたこと。
 多くの死傷者が出ていること。
 犯人を、見たはずなのに、記憶がないこと。
 苦しむ人たちを前に、足がすくんだ。はっきりとした悪意が、人をむしばむ光景。
「おい」
 おびえる多摩の耳に、鬼嶋の凛とした声が響いた。
「ビビんのは後だ。こっち手伝え」
 怒りのにじむ声には違いなかった。
 だがその怒りは、多摩にではなく、実行犯へ向けたものだ。
「俺の目の前で、こんなふざけた真似しやがって......」
 唸るような声に、多摩はきつく唇をかみしめた。
 目の前の暴力に怯えている自分の前で、暴力へ敵意を向ける鬼嶋の背中が、ひどく遠く見えた。
(鬼嶋さんは、すごい。それなのに、俺はまた、力に、ビビって......)
 鬼嶋は少しでも痕跡をたどるように、地面に残された破片をつまみ上げた。
「ひでぇな」
「......何か、分かりましたか」
「ガラスが散らばってる。爆弾の中に仕込んでやがったんだ」
 殺傷力を少しでも上げようとするような、非道の行いだった。
「......おい」
「はい!」
「お前、これ見覚えあるか」
 渡されたプラスチックの破片を前に、多摩は首を振る。
「いえ、でも調べられます」
「急げ」
「はい」
「本部は、何だって」
「一度戻って、報告を......。僕たちには記憶改ざんの魔法がかけられた可能性があるので、確認を含めて......」
 そう、多摩が告げた時だった。

 遠くで、何かの爆ぜる音がした。

「......野郎ォ!」
 鬼嶋の額に血管がくっきり浮いた。
「来い!」
 怒鳴ると同時に、鬼嶋は駆け出していた。
「き、鬼嶋さん!」
「あの野郎、絶対ェぶっ潰す!」
 音のする方角は、そう遠くない。
(そうだ。放っておいたら、もっと、多くの人が、犠牲になる......! 今、すべきなのは、言われたとおりに戻ることじゃない。もっと、多くの人が犠牲になる前に、犯人を止めることだ)
「はい!」

 多摩は、鬼嶋の背を追った。

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